今月の人
2005.10 UPDATE




1981年7月1日生まれ北海道出身
血液型 A型
身長  168cm
出身校 札幌商業高校
所属  秋田アルペンスキークラブ
好きな食べ物 焼肉!
嫌いな食べ物 レーズン
憧れの選手 滝下靖之

<使用マテリアル&スペシャルスポンサー>
SKI/フィッシャー
ストック/シックス
ヘルメット/スコット
ゴーグル/スコット
ブーツ/ノルディカ
ウエア/ミズノ

医療法人東京堂 港町歯科クリニック
<主な戦歴>
平成7年 全国中学校スキー大会 岐阜 すずらん高原 GS 4位
平成8年 全国中学校スキー大会 札幌 手稲 GS 2位 SL 優勝
平成9年 全国中学校スキー大会 新潟 六日町 GS 優勝
平成10年 全国高校スキー大会 北海道 真駒内  GS3位
平成11年 全国高校スキー大会 山形県 蔵王 SL 2位
平成12年 全国高校スキー大会 長野 飯山 SL 優勝
平成14年 全国学生選手権 岩手 安比高原 SG 優勝 SL 優勝
平成15年 全国学生選手権 北海道 旭川 SG  3位 SL 優勝
平成16年 全国学生選手権 秋田県 八幡平 GS 優勝 SL 6位
平成9年 全日本選手権 岐阜スズラン高原 SL 優勝
平成11年 全日本選手権 盛岡 雫石 Super G 2位
平成12年 全日本選手権 長野 志賀高原 SL 優勝
平成12年 全日本選手権 盛岡 雫石 Super G 2位
平成13年 全日本選手権 長野 野沢温泉 SL 3位
平成14年 全日本選手権 長野 白馬 SL 優勝
平成15年 全日本選手権 長野 野沢 SL 2位
平成13年 ユニバーシアード ポーランド Zakopane SL 3位

華々しい戦歴を飾り名門日本大学スキー部で活躍後、秋田県スキー連盟の要請を受け、現在県強化指定選手として活動している滝下樹理選手。
昨年度の国民体育大会では、39度の熱にうなされながら圧巻の滑りで優勝。勝利に対する執着心と全日本復帰に賭ける信念が、大雪で不安定なコースの中で彼女の板を走らせた。元オリンピック選手の靖之、高校選抜総合準優勝の俊之の二人の兄を持ち、身近に大きな存在を感じながら選手としてここまで成長してきた。
「スキーに真剣に取り組む強いアルペン選手を支えたい」という、東京堂港町歯科クリニック院長佐藤暢也氏は、今彼女を強く後ろから支える一人。滝下選手のアルペン競技にかける情熱と人柄に共鳴した、と言うご本人も北海道大学時代に競技経験をされている。
挑戦し続けるその原動力、そしてそれをサポートしようと思わせるほどの情熱はどこからくるのだろうか?

自分が思う性格の短所・長所は何でしょう?
「負けず嫌い」これが私の長所でもあり短所でもあると思います。
好きな芸能人は?
・・・いませんね。
スキー以外の趣味・もしくは今はまっているものなどは何かありますか?
今パワーヨガをやっています。
小・中学生の頃はどんな少女でしたか?
男の子に負けないくらい活発で幼い頃から負けず嫌いでした。
初めてスキーを履いたのはいつ頃でしょうか?
6歳の冬です。その年に大会にも出場しました。
スキーが楽しい!と初めて感じたのはいつだったか、覚えていますか?
楽しいとはじめて感じた日のことは覚えていません、初めてリフトを使って滑った日のことを覚えています。 絶対に転ばないで滑ろう!と1分程度で滑れるコースを1人で超スローで1時間近くかけて滑りましたね 笑。
好きなスキー場は?
朝里川温泉スキー場です。よく練習に行っていたので。
ご家族のスキー環境について聞かせてください。
両親はアルペンスキーの経験はありません。2人の兄は共に元アルペンスキー選手で(長男 靖之は2度のオリンピック出場、次男 俊之は高校選抜 総合準優勝)兄弟3人がスキー選手だった為、冬はスキー中心生活でした。
当時どのくらいの練習をこなしていましたか?
レースに参加したのは6歳からです。
月〜金曜日は雪上練習、週末は大会とほぼ休みなしで練習していました。
一日の練習時間は5時間近くでしたね。
出身地ではスキーは盛んだと思いますが、中学生頃までのスキー生活について聞かせてください。
小学5年生までは父が指導者でした。 
6年生からは父の仕事の関係で引っ越したため、朝里川温泉スキー場で玉川映一コーチに指導してもらうようになりました。学校が終わると札幌から高速バスで小樽まで練習に通う毎日でしたよ。
レースの楽しさ、もしくは勝負の世界に入っての楽しさ、難しさなどを感じはじめたのはいつ頃ですか?
楽しさを感じたことは中学生に入り、全国大会に参加するようになってからでした。負けて当たり前の実力差がある中、追う立場として自分の力を出せるようになった事から楽しさを知り、追われる立場になって勝つことの難しさを知りました。
今だから思うこととして、ジュニア期にもっとこんな部分を磨いておきたかったことなどは何かありますか?
スキーだけで無く他のスポーツを経験し、コーディネーション等の能力を磨いておきたかったです。
選手としての自覚は、年齢や環境・自分の成績などで変わってくると思いますが、ジュニアの時期の自分を振り返って今思うことを聞かせてください。
ジュニア時代は一生懸命やっていたと思いますが、もっと沢山の強いライバルが近くにいたらよかったと思います。練習は近代的なものではありませんでしたが練習量は誰にも負けないものだったと思います。滑り込む事で自分のベースが作られたと思います。
全国やナショナルチームを意識し始めたのはいつ頃ですか?また、世界に出て活躍したい、と言う想いはいつ頃から芽生えましたか?
世界で戦いたいという気持ちは小学生の頃から持っていました。その気持ちが夢から目標として変わったのはFISレースに参加するようになってからだと思います。ナショナルチームはあまり意識しませんでした。
中・高時代に、何を目標に選手生活を送っていましたか?
ナショナルチーム(ジュニア)入りはそれほど難しいことではありませんでした。その為、シニアチーム入りを目標に選手生活を送ってきました。
当時から、勝つためにこれは人より努力した、と言うようなことは何かありますか?
良い感覚をつかむ為の雪上練習は納得いくまで行いました。人より多いからいいと言うわけではなく、感覚がつかめれば数本で終わりますし駄目なら何本でもやると言う感じでした。
高校時代の印象に残っているレースと、当時のことについて聞かせてください。
この頃、全日本Jrチームの活動は無いに等しい状態でしたので、スポンサーのミズノが海外遠征等の練習環境を提供してくれていました。
高校時代の印象的なレースは3年目のインターハイでした。私の出身校はスキーの名門ですが女子の部のインターハイ優勝者が出ていないということで、恩師 押切先生にインターハイ優勝をプレゼントしようと思い入れの強い大会になりましたが、1年生の時から優勝できると期待されながら優勝できず、3年目でやっと優勝したときは涙が止まりませんでした。 狙った大会で勝つという難しさを学んだ経験にもなりました。
高校時代のトレーニング環境について詳しく聞かせて下さい。
当時のミズノチームの海外遠征メンバーは私以外全て男子でしたのいい刺激になりました。陸上トレーニングは飯島庸一トレーナーのメニューを行っていました。
では大学に進学してからの選手生活を振り返って、全体的な感想を聞かせてください。
大学1年目で全日本チーム落ちし、自分のスキーを見直し一から作り直しました。スランプや全日本復帰した直後に怪我など辛いことも多い4年間でしたが、伝統ある日本大学で沢山の良い経験ができたと思っています。
大学進学後、選手として大きく変わったことはありましたか?また、滝下選手自身にどのような影響がありましたか?
金銭的サポートを受けることで今まで以上に負けられないという気持ちが強くなったことです。
スランプなどから上がってくるときは、何かをきっかけにそこから抜けでると思うのですが。
滑りのスタイルに囚われることなく新しい技術、新しい練習方法になど新しいことに取り組み、今までにない感覚で滑れるように努力しました。
今技術的に目標としていること、選手としての目標を聞かせてください。
技術的な目標は上手く滑るのではなく速く滑ること。目標は全日本復帰です。
身体のケアなど、特別に意識していることがあれば教えてください。
腰痛が出ないようにストレッチや腹筋は欠かさず行います。
今回の夏の強化合宿(フランス・チリ)では充実したトレーニングはつめましたか?また、今シーズンの手ごたえを感じていますか?
まだ基本的な練習しか行っていませんが順調だと思います。
スタート前、インスペクションについて、もしくは大会前日の過ごし方。何でもいいのですが、「滝下樹理のワンポイント!〜私はここを工夫している〜」みたいなことを何か教えてください。一般の競技スキーヤーでも分かるようにお願いします。(笑)
特にありませんが・・・。 何をすれば次の日体が動く、スタート何分前にいれば集中できるなど自分自身でスタートを切るまでの流れを知ることは重要ではないでしょうか。
工夫・・・・強いて言えばスタートバーを切るとき息を吐いてスタートすることですね。そこで力むと体が動きません。
ありがとうございます。今のトレーニング環境に満足していますか?また、自分からトレーニングを充実したものにするために心がけることとは何でしょうか?
今の環境は良いものだと言えます。
選手は環境を求めると言うよりも、今ある環境をフル活用する方法を考えることも大切だと思うんです。練習パートナーやシーズンを通して見てもらえるコーチは欲しいとです。
選手としても成熟してきている時期だと思いますが、練習環境やトレーニング環境について、選手の立場から気づくことは何かありますか?
選手はこうあるべきだと言うことは個々に違うものだと思うので特に感じませんが、コーチは滑りを分析できるコーチとそうでないコーチの差はかなり大きいものだと言えますね。 表面的な言葉でごまかしているコーチが多いかもしれませんね。
選手自身と、コーチを含めた選手を支える立場のスタッフとのコミュニケーションがうまく行っているかどうかは、合宿の内容や練習の方向性、それぞれの選手の実力を伸ばす点で重要だと思います。そこら辺についての考えを聞かせてください。
確かに、チームが上手く回っていないと選手の成績は伸びません。
スキーは個人種目ですがチームの影響力は大きいものです。選手とコーチの信頼関係は何より重要だと思います。
海外の選手・またその選手を取り巻く環境と、日本の選手・またその選手を取り巻く環境について感じることなどがあれば聞かせてください。
海外の選手と日本人の選手の大きな違いは雪上の滑走量や身近に強い選手がいると言うことだと思います。
日本の中でも実力選手となり、世界でも通用する選手になるために必要なこととは何でしょうか?
環境と良い指導者。 根性とセンス。 ある程度の才能は必要ですが、それを開花させてくれる環境と指導者がいなければ日本チャンピオンになれても世界には出られないと思います。
最後は気持ちです。強い気持ちの持てる選手でなければ最後まで上り詰めることは難しいと思います。
海外選手と日本の女子選手(樹理さん自身も含め)との、実力差を埋めていくのに必要なこと、違いなどについてはどう考えますか?
海外を中心に活動しなければならないと思います。井の中の蛙ではなく、世界を近くに感じながらスキーをしなければならないと思います。
これは他のスポーツでも言える事なのですが、日本のスポーツ選手は活動期間が海外選手に比べ短いですよね。樹理さん自身は選手をいつまでやりたい!という意思がありますか?
まずは平成19年を区切りに考えています。 やりたいと思う気持ちはまだまだありますが、成績を無視して考えることは出来ませんので成績次第で決めて行きたいと思います。
これまでに刺激を受けた選手、もしくは指導者がいましたか?
滝下 靖之、兄貴から沢山のことを学びました。
選手としての生活の仕方、スキーの技術、身近にいい選手がいたと思います。
兄、靖之選手から学んだことで一番印象的なことはなんでしょう。
努力している姿がとても印象的でした。 兄は人よりもスキーを始めたのが遅かったので人一倍努力していた印象が強いですね。
今、どんな気持でスキーに取り組んでいますか?
「焦らず、確実に、賢く」

「アルペンスキーヤー滝下樹理」にとって、アルペンスキーとは何でしょう。
大きな存在過ぎて答えが見つかりません。
では、最後に好きな言葉を教えてください。
「為せば成る。為さねば成らぬ何事も。成らぬは、人の為さぬなりけり」
ありがとうございました。

今年も間もなく始まるW-cup、そしてトリノオリンピック。出場できない悔しさをバネに、これからもっと大きな世界で活躍する彼女に期待し、応援していきたい。